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 だから、笑って


 魂というものが確かにある。
 忍者をやっていると、普通に生きている人たちとの認識の差異というものを時折強く思い知らされる。彼らは信仰の中で魂や輪廻を語ることはあっても、それがあるとは知りえない。一握りの高僧や浮世離れした力の持ち主だけが僅かに手の届く領域だ。
 勿論忍の世界でも禁忌の奥深くに沈められているが、魂や命を扱う忍術が存在することは事実なのだ。
 だからカカシは、魂も輪廻転生もあの世もあることを昔から知っていた。
 それは一つの救いでもあった。いつかは、失ってしまった彼らの元へ行ける。また会える。死は悲しくて苦しくて引き裂かれるような痛みを伴うけれど、決して永劫の別れではなかった。
 だからこそ怯えていた。カカシの人生は後悔ばかりだ。いつもいつも、大切なことを間違えて、大切な人が死にゆくのを止められなかった。死に追いやったことさえも────恨み憎まれる覚えは幾らでもあった。そんな人たちではないと、そう考えること自体が冒涜かもしれないと、思ってはいても自責の念は幾らでも悪い想像を運んでくる。いつか彼らの元へ辿り着いた時、どんな目を向けられるだろう。そんなことさえ考えていた。

「先生、カカシセンセ……っ!!」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣くナルトを、霞む目で見上げながら、カカシは笑った。心から幸福な気分だった。
 カカシに刻み込まれた別れの分だけ、自分の最期が役に立つものであればいい。生き残った意味があったのだと、そう思える死であればいい。そう思って生きてきた。
 最高の死に方だ。カカシの手にたった一つだけ残された大切なもの、今となっては何よりも尊いと思える存在、それを守れたのだから。生き恥を晒して、怨嗟を背負って、後悔ばかり抱き締めて、それでも生きてきた意味があったのだ。今この瞬間の為に、カカシは生きてきたのだと思った。
「笑ってよ………、ナルト」
 気を抜くと血塊がせりあがってきそうな喉を必死に動かした。
 ひどいことを言っている、と思った。失ってばかりいたカカシのように、何も持たずにいたナルトにとって、この別離はどれ程に痛むだろう。カカシは誰よりもその痛みを知っていて、だけれど笑ってほしいと思った。矛盾に満ちている。知っていた。何よりも大切なナルトに深い傷をつけることを悲しみながら、どこかで歓喜している。今度こそ置いて行かれなくてよかったという安堵と、自分の死を癒えない傷にしてくれればいいという、エゴと。
「先生……っ」
 魂は流転する。カカシはナルトを待っている。先に行ってしまった人たちと共に、ずっとずっと待っている。そしていつか、再び世界に生れ落ちる。そのときカカシはカカシではないだろう。けれど変わらないものはある。魂があるのだから、魂に刻み込まれるものだってあるはずだ。
 だから最期に見る世界は、ナルトの笑顔であればいい。
 その笑顔を焼き付けて、何度だって探しに行くから。
「ねぇ、わらって」

(14.05.27)


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